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【都市伝説】かごめの歌に隠された徳川埋蔵金の秘密

【都市伝説】かごめの歌に隠された徳川埋蔵金の秘密

かごめの歌 都市伝説

あなたは、「かごめかごめ」にまつわる都市伝説があるのをご存知だろうか?

この歌の歌詞には”何か”を”誰か”に伝えようとしたという都市伝説があり謎の多い歌である。 まずは「かごめかごめ」の歌詞をご覧いただこう。

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ

これが「かごめかごめ」の歌詞である。

この歌詞には「徳川埋蔵金の在処を記した説」「口減らし説」「遊郭の身売り説」など様々な説が唱えられているが、この説の中で有力な「徳川埋蔵金の在処を記した説」をご紹介しよう。

徳川埋蔵金の在処(ありか)記した「かごめかごめの歌」

これは超有名な都市伝説であり徳川埋蔵金の話は、ロマンに溢れている。

徳川埋蔵金とは? 徳川埋蔵金(とくがわまいぞうきん)は、江戸幕府が密かに地中に埋蔵したと伝えられている貴金属(金塊あるいは貨幣)である。 埋蔵時期とされる幕末以来、多くの発掘プロジェクトが各地で行なわれ、そのほとんどが全く成果のないままに終わっているが、現在でも自論を根拠に発掘を続けている人々がいる。

時をさかのぼる事、明治の幕開け直前の江戸時代末期、俗にいう幕末という時期に明治政府は江戸城の無血開城を成功させて江戸城内を調べた。

当時、明治政府は資金不足に悩んでいたが江戸城には豊富な資金があるという情報があったため、明治政府は江戸城が開城できれば資金問題は解決できると考えていた。

 

しかし、江戸城には明治政府が期待していたほどの資金がなかった為、明治政府は不審に思ったがどこを探しても徳川幕府には金がない。

 

このことから明治政府は、徳川幕府は、どこかにその豊富な資金を隠したのでは無いか?と推測したのだが、徳川埋蔵金を信じる数多くの人が徳川埋蔵金の在処を探って調査を行ったが、今にいたるまで誰も徳川埋蔵金を発見できていない。

 

徳川幕府の埋蔵金はおよそ400万両とされ、現在の価値で5,000億円程とされている。

 

この「かごめの歌」をひも解いていくと「かごめ」とは、竹で編んだ「籠の網み目のこと」これをよく見ると六芒星の形をしており、徳川幕府が関東で建てた神社や仏閣を線で結ぶと、この六芒星の形になっている。

徳川埋蔵金 六芒星

この六芒星の中心にある建物が、「日光東照宮」である。

「籠の中の鳥は」の歌詞は『籠=六芒星』であり、『中の鳥=六芒星の中心にある鳥(居)』となる。 つまり、六芒星の中心に位置する「鳥居」に埋蔵金が?

日光東照宮 鶴とカメ

となるのだが、これだけでは大凡の位置は分かるが詳細な場所でない。

「夜明けの晩に」の歌詞は『夜明け晩=早朝』であり、朝陽が差す時刻を表しており、つまり朝陽の影にヒントがあるという事を記している。

「鶴と亀が滑った」の歌詞は、「日光東照宮」には鶴と亀の像があり「夜明けの晩にできた鶴と亀の像の影」となる。

鶴と亀が滑ったの『滑った』は、滑る=統べるとも呼べる。埋蔵金を統べる(統一)となる。

「後ろの正面だぁれ?」の歌詞は、その鶴と亀の影の先には、墓があり、後ろを振り返ると、祠(ほこら)がある。この祠には、上部分の三角が欠けた六芒星の印が刻まれていて、下を指しているように見える。 つまり、そこが「徳川埋蔵金」の在処(ありか)だという。

日光東照宮 祠

 実は、その祠(ほこら)の下には、謎の人口的な空洞がある事が、専門家の調査によって判明している。

ただ、国宝である「日光東照宮」の地下を掘り返す事は国が認めていないため調査はできていない。

さらに、日光東照宮には「見ざる、言わざる、聞かざる」という三猿で有名な彫刻がある。

見ざる言わざる聞かざる

これは、何かを隠しているのではないだろうか?

  • 国が国宝に指定していて、地下を掘り返せないようにした
  • かごめの歌詞に潜む謎
  • 三猿の「見ざる、言わざる、聞かざる」の本当の意味

日光東照宮には、重大な秘密や謎が潜んでいるに違いない。

徳川埋蔵金のありか【やりすぎ都市伝説】

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